2009年07月25日

日本国家の形成

1998.02.23at 09:03
日本の国家としての形成は、鹿児島島津斉彬公の時代に国旗と国歌が作られた事に由来します。

鹿児島の島津家の当主の帝王学は、代々菩提寺がその任にあたって来ました。菩提寺の開山石屋禅師は、827年頃にインドネシアからアラブ人の高僧マホラムを連れて沖縄に戻り、その後、石屋禅師の妹とマホラムが結婚し、その子孫に琉球王や天皇が誕生する事となります。

石屋禅師の子孫の岩屋禅師ヤジロウは、天文学を始めとした天才といわれ、東南アジアから西アジアに至る広い範囲で貿易を手掛けていました。1549年8月15日印度のゴアからフランシスコザビエルを連れて鹿児島に帰ったヤジロウは、山口でザビエルと地動説と天動説で論争となり、地動説でザビエルを負かしました。その20年後にガリレオが地動説を唱え、教皇がそれを認める事となります。

二人の出会いは、東洋と西洋を代表する神仕組み上の大切な出会いだったに違いありません。

鹿児島には、東西両文化をつなぐ天の秘密が隠されています。



posted by Project GAIA Information Centre at 05:00| 1998年